2019年 10月 の投稿一覧

50代、60代の大人は、シャツの上にはジャケット以外、何を着たらいいのか?

シャツの上にはジャケット。
ジャケットを羽織ることはすぐに思い浮かぶ。


私が兼ねてから50代、60代はジャケットを多用することを推奨してきた。


ただジャケットだけでは心許ない。他のアイテムでシャツに合わせられるものはないか?


秋物には結構シャツに合わせられるアイテムがある。ニットだ。


セーター、カーディガン、ベスト。
この3種はマストアイテムである。


セーターはハイゲージかミドルゲージを、カーディガンはハイゲージまたはローゲージもありだ。


季節によってハイゲージ、ミドルゲージ、ローゲージと使い分けたり、アウターを着るならば中はハイゲージ、ミドルゲージとなる。


間違ってもアウターの下にローゲージのニットを合わせてはならない。ローゲージのニットはその上に何も羽織らないのが基本だ。

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基本的な着こなしは写真の通り。シャツの上に着る。ここでのポイントは、ニットの袖口からシャツを覗かせること。


ジャケットやスーツと同じである。袖口からシャツの袖を5ミリから1センチ覗かせていた。


ここはカジュアルな装いなので、もう少しシャツの袖を覗かせてもいいだろう。

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また裾口からシャツを見せるとカジュアル感が増す。これがハズシとか、着崩すということだ。


首元、袖口、裾口のシャツの出方のバランスがいい。さらにシャツの白にスニーカーの白を選ぶことによって、カジュアルな着方の中にも上品さがある。


正統的着こなし方を知った上で、ラフに着る。ここまで出来れば、着こなしの幅は一気に広がってくる。


今日の着こなしポイント
シャツの上に何を着る?

◉ジャケット代わりにニットを着る

◉ローゲージニットの上には何も羽織らない。

◉ハイゲージ、ミドルゲージの上にはアウターを羽織れる。

◉ニットの袖口からシャツの袖を出す

◉よりラフな着方は袖口だけでなく、裾口からもシャツを出す。

50代、60代。老害になっていませんか?

※台風には十分気をつけてください。避難勧告が出た場合には迷わず従ってください。

オヤジにはちょっと遠く、シジイに近い。
ても、自分のことをシジイとは思いたくない。


そんな50代、60代の微妙な年齢に差し掛かっているわれわれ世代。


加齢臭だ、老害だと悪いイメージが先行しているように思うのは私だけではないはず。


いやいや、そんなこと気にも留めてなかった。それはそれで問題があるぞ。


自分の置かれた立場を把握するのも大切なことだ。


もう少し若ければ(あまり使いたくない表現したである。もし〜ならばは存在しないからだ)、若い女性たちに気を使えば良かった(勝手な思い込みか?)。


しかし、今の年齢だと若い女性、おばさん、子供、同年齢の人なんかにも気を使わなくてはならないと思う。


理不尽だと思うなかれ。電車の中で隣の同年齢のオヤジがとても臭かった。他人からこうは思われたくないからね。


だから、本当に気をつけなくてはいけない。たぶん、体が臭いというよりも着ているスーツが匂うのだ。


ファ◯ーズが流行っているけど、私にはあの匂いが堪らなくイヤで、気持ち悪くなる。スプレーをかけ過ぎているせいか、匂いがきついのだ。


どうせならもっといい香りのコロンを軽く付けた方がいい。


少しずつファッション寄りになってきたけど、老害とファッションどう関係あるのかな。


年を取ると、面倒くさいことが多くなる。ファッションとは対極かもしれない。ファッションは面倒なことが多い。


ネットの写真見ること買うことができる。ネットを使えば簡単なのであるが、サイズを調べたり、合わなければ返品の手続きをしなくてはならない。面倒くさい。


実店舗にいくのはもっと面倒くさい。試着も面倒くさい。


あー挙げたらキリがない面倒なことだらけだ。


これがファッションにおける老害だ。ファッションは面倒くさいものだ。だって格好良くなるのは大変なのだ。


面倒だからシャツのが汚かったり、スーツが皺だらけ。汗をかいているのにハンカチも持たずに平気な顔している。


側から見たらキモいと言われてもしょうがない。


ちゃんとハンカチを持つ。スーツは着終わったら、皺を伸ばしてハンガーにかける。


小さなことでも老害防止策はあるのだ。


自らも含め、老害と言われぬよう気をつけなくてはならない。

50代、60代。一流デザイナーの厳しい言葉は胸に突き刺さる

「一日に何回もファストファッションで買い物をするなんて、少しは疑問持てよ。一着の服を選ぶってことは1つの生活を選ぶってことだぞ」


デザイナー山本耀司が放った言葉である。私の胸に突き刺さった。

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ヨウジヤマモトの服を着ていたのは大学生の時だった。デザイナーブランド真っ盛りの時代。ヨウジとコムデギャルソンは憧れの対象だったし、それに腕を通す楽しみを噛み締めていた。


上の文面だけだと山本耀司が単にファストファッションが嫌だとか嫉妬していると思われてもしょうがない。しかし、ビジネスでも成功している彼が嫉妬や羨望で言っているのではないことは明白だ。


金儲けの道具となった服が嫌なのだ。クリエーターもしくはクラフトマンなんて時代遅れなのか?


わたしはそうは思わない。45年もの間ずっと第一線でクリエーションしていた彼は職人であり、デザイナーでもあると言えよう。


と、前半のファストファッションのところは別として、一着の服を選ぶのに対する考え方は納得できるのではないだろうか。


衣食住の一部である衣の重みを感じることができる。衣は生活の一部なのだ。


服を通して、その人の生業を見ることだってできる。


いい加減な格好、具体的に言うと50代、60代のいい大人が、首周りからシャツの襟が覗いていたり、ネクタイが曲がっていたりではその人の生活感まで見えてしまう。


また、ブランド物づくしの着方は虚勢を張っているか自意識過剰のどちらかだろう。


服はその人の表層だけでなく、深層も映し出してしまう恐ろしさがあるのだ。


でも、着ることに怯えることはない。生活の一部なのだから、生活をしっかり送ることができれば、服をないがしろにはしないはずだ。


トレンドを追ってもイタチごっこの連続だ。
トレンドを100パーセント無視するのではなく、取り入れながらも50代、60代が着るに相応しい服を見つけることが大切である。

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服のことをもっと意識してあげていいと思う。われわれの世代は、若い頃は服を大切にしていた。時代を経て、今は服との関係性が薄れてしまった。


50代60代、生活の中に服を取り戻そう!

50代、60代、まだ憧れる車がある人はいるかな?

やっと暑さが通り過ぎていった。
このくらいの気候ならば、秋物が着られる。


今日は近隣の駅前で、車の展示会があった。
初めてのマセラティ試乗(座っただけ)。

並んでいたのは、グランスポーツ、ギブリ、SUVのレバンテの3車種。


グランスポーツは車高が低く、まさにスポーカー。身体が前滑りですぽっと填まった。フロントエンドは全く見えない。


ギブリは4ドアクーペ。マセラティの中でも一番厳つい顔で迫力がある。

黒のメタリックが一層精悍に見えた。また、トランクルームの広さはワゴン並みなのも驚きだった。


最後、SUVのレバンテ。でかい。ポルシェのカイエンくらいある。


この車の特徴は視界性とゴージャスな内装だ。もちろん走りは…いいに決まっていると思う。

こんどは走らせてみたい。やはり車は動かして体感しないとわからないことが多い。


見ているだけで判断してはならない。何回か試乗(動かしてみる)する必要がある。


ステアリングの感触。エンジン音。サスペンションの硬軟。他にもいろいろなものを身体で感じなくてはならない。


値段はさておき、ピュアスポーカーがこんなに身近に体験できるのは嬉しい限りだ。


ここまでが前振りとは言わないが、ファッションにも似たようなことが言える。


試乗=試着


体感すること。


先日に引き続き、耳にタコができるかもしれないが、試着して体感する。


高額商品だからというわけではなく、しっかりと体感するには試着、試乗が必要なのである。


プチプラ商品でも失敗しないためには試着。
高級ブランド商品でも同じ。


私事にて、これから何年かかるかわからないが、マセラティ、憧れの車だなあ。

50代、60代が既製服を探すなら試着は絶対に必要だ!

あなたは自分のサイズを知っているだろうか?


50代、60代は自分だけで服を買うことがあまりないと思われるので、自分のサイズを知らない人が多いのではないか。


サイズがわからなければ、適切な服は選べない。


ショップに行ってサイズを測ってもらうのもいいだろう。自分のサイズを把握しておくと、服を買う時の手間と時間が節約できる。


服を選ぶには、サイズ、形、色、素材を見て判断している。サイズがわかっているのなら、この中の形と色、素材を選べばいい。


サイズ選びは簡単そうでいてそんなに簡単ではない。


巷に溢れているサイズの合っていない服を着ている人々。こんなにも多くの人がサイズエラーを起こしているということは、適切なサイズの服を着ることができれば目立つ。人よりおしゃれに見える。(他人と比べるのもどうかと思うが)


的確なサイズを選ぶには試着をするしかない。服との相性を知る上で欠かすことができないことなのだ。


色、生地は着なくても見ること、触ることである程度はわかる。でも、形やサイズは試着してみないとわからない。


特に形は、吊るしてある平面に近い状態と着た時の立体的な状態では違っている。


だから、いろいろなブランド、サイズ違いの服を試着しまくって体験することが大切である。


質より量。量は質を凌駕する。


この時大事なのは、ショップスタッフにアドバイスを求めることである。ただ闇雲に試着すればいいというものでもない。適切なアドバイスをもらいながら、自分に合ったサイズを確かめていく。


余談だが、何でも勧めるスタッフはNG。肩幅から肩甲骨にかけて体と密着しているかを丁寧にに見てくれるスタッフがいい。


試着のメリットは自分に合うサイズがわかるだけではない。着た時の心地や雰囲気、服の形(デザイン)がわかることだ。


着心地は人によって様々である。Aという服がいいと思う人とBの方がいいと思う人もいる。どちらもその人に合っているのだから正解だ。


服はちょっとしたデザインで着心地が違ってくる。ビッグネームのブランド物でも体に合わなければ価値はない。


どうだろう。試着の重要性がわかっていただけただろうか。


オーダーした服も仮縫いという試着をする。既製服なら尚更、着てみなくては相性のいい服、おしゃれでカッコいい服に巡り合うことはできない。

50代、60代にとって一生モノとは? マイホームを例にとって書いてみると。

雑誌のタイトルに「一生モノ」なる言葉が書かれていることがある。


服で言えば、定番=一生モノなのか?


一生モノはあるのか? ないのか?


この2つをマイホームに例えるとわかりやすい。一生モノがあると思っている人は家を買う派。逆にないと思う人は家を借りる派である。


ある特定の場所を想定すると、月額ローン7万円。この人は賃貸料を払うよりもローンの方が月々の支払いが抑えられていいと思っている。この場所で月額7万円では住めるところがない。


また、ローンを払い終われば家は自分のものになる。


一方、借りる派のメリットは月額の支払いは大きくなるが、頭金という初めの大きな出費は必要ない。また、一定の場所に囚われないで済む。


さあどちらが得か?
というよりどっちが好きか?
どちらがあなたに向いているかだろう。


話をファッションに戻すと、家を買う派が一生モノがあると思っている人。借りる派がないと思っている人となる。

一生モノある派は、服は仕立てるものと考えていて、既製品は考えていないのかもしれない。


仕立て服ならば素材が古くたっても構わないし(ビンテージの生地を使うことを考えると生地自体が古い)、形はある範囲までならお直しすることができる。


一方ないと思っている人は、服の形や素材は毎年に変わっていく。大きく変わるのか、微妙に変わるのかは様々であるが、変わることを考えると、一生モノとしてお付き合いはできないと思っている。


こんな疑問があるからこそ、一生モノはないと断言する人がいるのは当然だろう。


拘りの服をリフォームしながら着るのか。こまめに服を継ぎ足し取り替えていくのか。


私はどちらも正解だと思う。
アイテムによって、一生モノになるものと、そうではないものに分かれる。


スーツやジャケット、靴なんかは一生お付き合いできるアイテムであろう。


しかし、先端の素材を使った、例えばダウンパーカーだと一生お付き合いはできない。


その筆頭はインナーウエアだ。直接肌に触れるものは一定期間で取り替えていく。まあヘタるのも早いが。


結局、一生モノはリーズナブルとは言えないが、長いお付き合いを考えると決して高い買い物ではないと思う。


どちらかというと私個人は、6対4て一生モノ派に近いのかもしれない。