【NO FASHION, NO LIFE! 】服を買って、持って、着る!

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モノを手に入れる。そのモノを大切にする。そして使う。今回は、具体的に「服」というモノについて考えてみたいと思います。服を買う。服を手に入れる。そして服を着る。では、服を実際に使う(着る)ことを掘り下げていきます。

服は調和の上に成り立っている稀なモノである。

服は単体で存在しているわけではなく、他のアイテムと組み合わせることでこそ完成するものです。ジャケット一枚だけ、ボトムス一枚だけでは不十分で、ほとんどの場合、上下の組み合わせが必要です。この組み合わせ(コーディネート)がファッションの難しさであり、同時に楽しさでもあるのです。
時計やアクセサリー、バッグは、それ自体でも成り立つのに対し、服は他のアイテムとの調和が求められます。ただ「持つ」だけなら、お金を払うことで誰でも可能です。しかし、特に注目したいのはバッグや時計です。ブランドのバッグや高級時計、それに車を「持つ」ことで自己顕示を行おうとする人が多いのは事実です。それは必ずしもエレガントやスタイリッシュさとは言えず、単なる自己満足に過ぎません。

ブランド物を身に付けても、決してお洒落になるとは限らない。

たとえば、銀座界隈にいる中高年層の男性たちは、Bから始まるブランドやHから始まるブランドを好むようです。この高級ブランド品を持っていることで、意図せずして似たような装いをしているのが面白い点です。まるで学生時代に流行ったアメリカンカジュアルやサーファーファッションを思い起こさせます。
人が「持つ」ことで得られるアピールは、視覚的に分かる「ブランド物」によるものです。ブランドがロゴを前面に押し出したアイテムを作るのは、ひと目でブランドを認識できることが好まれるからです。それによって、人々は安心感を抱くのかもしれません。この安心感と共に、高価なブランド品を持つことにより、自分がその持ち物にふさわしい人物であると自然と自己暗示をかけてしまうのです。

お洒落は金銭では手に入らない。

ブランド品には、良い意味でも悪い意味でも人の心を揺さぶる力が存在します。昔、持ち物の金額を競い合うバラエティ番組がありました。それは自分がどれだけの高価なモノを身に付けているかを競うものでした。
高級な服、華やかなアクセサリー、高級な時計を所有している自分を誇示したいという欲求があるの
ではないでしょうか? 高級品を身に着けていても、実際にはお洒落とは限らず、魅力的ではないこともあります。お洒落は金銭で手に入れることはできなのです。

時計や車は持つだけで自慢できるが、服は着こなしが決まらないと自慢できない!

服は、その使い方によって簡単にダサくもお洒落にもなります。その使い方=コーディネート=着こなしが、お洒落かどうかの分かれ目になります。服とは違って、時計や車はその機能や性能を直接試すものです。
一方で、服は他のアイテムとの組み合わせがなければ役立たないのです。服同士を合わせたり、融合させたり、コーディネートしたりで、やっとひと通りのスタイルが完成します。服を着こなすということは簡単そうで、実は手間のかかる作業かもしれません。

 

 

 

 

 

他者視線を意識して、お洒落な大人を目指す!

たったひとつのアイテムで全てが完結しないのは、服以外にはあまり見当たらないでしょう。服の着こなしは個人の自由である一方で、我々が目指す「大人の装い」とは、自己満足に終わらず、他人から「あの人は素敵だ」と思われることを目指すべきです。お洒落だとか、素敵な紳士であると言ってくれるのは、ファッション好きの人だけとは限りません。ファッションに無関心な人々からも、「お洒落だ」とか「カッコイイ」と言われることは、悪い気がしませんからね。

 

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