50代、60代が考えるモノとの距離の取り方とは?

この記事は約2分で読めます。
記事内に広告が含まれています。

最近、モノに縛られない生き方が言われている。

大量消費文化に対するアンチテーゼか、先日お話したサステイナブルの影響なのかもしれない。

例外はあっても、モノは消費された時点で価値が下がるのが一般的だ。

わかりやすいところでは自動車、ブランド物。
自動車は新車、新古車、中古車と分類され、再販される。ブランド物はブランドショップ(中古品買取店)で換金すれば、ほぼ買った値段より安くなる。

このようなサイクル以前からあった。そこにヤフオクやメルカリが参入してきた。

現在、モノの消費の流れは、このような循環をしていて、この2次的取引が盛んに行われている。2次流通と言われている。

大量消費で廃棄することを考えると、この循環型の消費は非常にいいことだと思う。

モノに対して違う側面もある。循環できないものだ。

愛着があるモノは簡単には手放せないし、思い入れがある。

モノには背景がある。機能面だけでは語れない、作られた過程やモノ自体に刻まれた歴史、そして所有していた間のエピソードなど。

人はモノをただ消費するだけではなく、モノに込められた物語に憧れる。

言葉に魂があるようにモノに魂を吹き込んでいる。

例えば、職人が数日かけて縫い上げたスーツは、着心地がいいのは当然として、自分だけのために作ってくれたことに心が揺さぶられるのだ。

できることなら大量消費のモノよりも、わたしたちは物語があるモノを手に入れていきたいと思う。

コメント

目次
タイトルとURLをコピーしました