2019年 9月 の投稿一覧

ファッションが劇的に変わるのはテレビの中だけである

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お父さんを格好良く変身させるテレビ番組を見た。とても面白く見させてもらった。お父さんもご家族も満面の笑み。ファッションで笑顔になるという私の考えていることと同じだ。

しかし、番組が終してから、あの家族のこれからを考えると少し不安もある。

ファッションは劇的に変わった。格好いいお父さんになった。それからは?

ファッションは1日だけではない。生きている間ずっと続く。明日と明後日も。

彼らの明日の着るものはどうなるのか?

番組を批判しているのではない。テレビたからエンターテイメントであるべきだ。企画や演出が上手いのだ。

登場した彼らを思うと、ちょっと胸が痛い。
2、3日すれば元のファッションに戻っているからだ。

ファッションは劇的に変えられるが、長続きしない。

なぜならその場限りの服を与えられただけだから。服を自分なりに着こなしてはいないのだ。ファッションのベースとなる考え方を学んでいないので当然だろう。

前にも書いたが、ファッションは一歩一歩が大切である。いきなりセンスが付くわけではないし、おしゃれになることもない。

目の前の絵面に騙されてはいけない。ファッションは、最後は自分自身で組み立てるものである。

他人が用意した服を着ることではない。あなたはマネキン人形ではないのだから。

本当に本当にファッションを変えたければ、
地道に膨大な数の試着をしていく覚悟が必要だ。

その中から第三者の意見を上手く取り入れていく。他者目線が大切なのは言うまでもない。

ただ気をつけなくてはいけないのは、他人の言うことを頭から信じ過ぎないこと。

自分のファッションのことだから。

50代、60代は実用性+ファッション性がある眼鏡をしよう

年齢とともに目が悪くなる。老眼である。好き嫌いに関わらず、老眼になると必然的に眼鏡が必要になってくる。

眼鏡がない生活は考えられなくなる.

そんな眼鏡、どんな物をしている?
コスパのいい眼鏡もあるし、フレームとレンズで十何万するものもある。

値段はさておき、眼鏡は必須。せっかくだから、実用性だけではなくて、かけた時におしゃれに格好良く見えた方がいい思う。

多くの人、約8割方の人は眼鏡をファッション性を加味して選んでいない。実用あるのみだ。それはもったいない。

眼鏡をかけることで野暮ったくなる。ファッション性から言うと、眼鏡とあなたの顔の不一致が起こっている状態だ。

眼鏡をかけることで、普段のあなたのイメージを良くする演出ができるのだ。

眼鏡の種類、あなたの顔とのマッチングによって、もう一人のあなたを作ってみても面白いと思う。

眼鏡をかけているだけで野暮ったいと思われていた時代は過去のもの。

50代、60代の大人が進んで眼鏡をかけてフッショナブルになる。なれる。

簡単に眼鏡の持つイメージを紹介しよう。

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セルフレーム(素材はプラスチック。色や柄など豊富な加工がしやすい)。柔らかい印象。おどけた印象も演出できる。温かい。

メタルフレーム(金属製のフレーム)。シャープな印象。クール。

フレームだけの分け方でも、こんなにイメージが違ってくるのだ。普段のあなたのをイメチェンするにはとてもよいものだと思う。

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眼鏡も他のアイテム同様に使い方次第で多くのメリットがあるのだ。

実用も必要、ファッション性も必要。両方を兼ね備えた眼鏡を探してみて欲しい。

50代、60代にとって必要な服と好きな服、興味のない服について

あなたは必要な服を持っているだろうか?そもそも必要な服さささ描きさささかとは何?

答えられる人はいるだろうか。

若い頃に比べて、50代、60代という年齢のわれわれは必要な服が多くなる。

ちょっと変だと思った方、正解でもある。   普通ならある程度の年齢になると、身の回りのものは少なくて済むと思われるからだ。

ここが重要なのだが、必要な服は増える。一方で必要のない服はガクンと減る。   

だから、必要な服だけで満たされるのだ。

そこには好きとか嫌いとかの入る余地はない。好きな服はあるだろう。

しかし、好きな服を持っていても、これからも使うかというと、?である。

好きの服以外は興味のない服だ。これは簡単にひっくり返ったりする。何十年も気に入って着ていた服が突然興味がなくなることだってある。

好きな服だけで囲まれていた今までのファッションはどうだったか?  

他人に褒められていただろうか。ファッションに自信がなくて悩んでいたのではないか。そんな状態で買った好きな服は果たしてどう見えるのか?

好きな服は独りよがりである。好きな服だけでまとめた着こなしに違和感があるから、このブログを読んでいるのでは?

好きな服が多い人は必要な服は限りなく少ない。これからは必要な服を揃えていかなくてはならない。

そして、冒頭の説が正しいことがわかってもらえたのでは。必要な服は多くなるのだ。

50代、60代のおしゃれとダサいの境界線とは?

この歳になるまでファッションを気にしていない人も多いはず。

または若い頃はファッションに夢中になっていたが、年を取るごとに意識しなくなっていった人もいるだろう。

年齢に関係なく、正直言ってファッションをマスターするのはそう簡単なことではない。

意固地になったり、独善的だったりすることで、受け入れる間口が狭くなっいるのが原因だろう。心の広さがないのだ。

年をとって感性が鈍ったということではないし、センスの問題でもない。

ファッションが不得意だということに自分で気づいている人は覚えがいい。しかし、厄介なのは、不得意であることダサいことに気づいてない人である。

服を着こなせる着こなせないに関係なく、好きな服はある。好きな着こなしもある。ただ独りよがりなので、おしゃれとは程遠い。人の助言もち聞かない。当然ダサいままだ。

これからファッションをマスターしようという人のおしゃれとダサいの境界線は素直さがあるかないかだ。

意固地にならず素直に 、独りよがりにならず他人の助言を聞き入れられることが大切である。

ファッションは他の物事と同じように、一気にマスターできる人は稀だ。ほとんどの人は少しずつ階段を上って行くしかない。

繰り返す。年齢ではない。ファッションについて素直になれるかならないかで 、境界線を越えおしゃれになるか、ダサくなるかである。

服に着られるな、負けるな。服を着倒そう

50代、60代のファッションが不得意な人はとって服に着られるてしまうことが多い。

服に着られるとは、服に負けて自分らしさが出せないことだ。

例えばブランド物を着た場合、ブランドばかりが目立ってしまいトンチンな着こなしに見えてしまうことである。

サイズが合っていなくて、人が小さく見えてしまい、服が歩いているようだったりする。

服に負けてしまう要因に、着る人の人となりもあり得る。高級な服を着ていても、高級なものを聞いているようには見えなかったり、また逆に安い服でもさらりと格好良く着こなすことができる人がいる。

この一線の境に大きな溝がある。これを埋める作業がファッションをマスターすることでもあるのだ。

服を着ることは日常当たり前のことだけれど、われわれが求めているのはただ漫然と服を着ることではない。服を通して個性的で魅力ある人になることだ。

服は人を様々に表現してくれる。威厳があるように。清潔感があるように。優しいように。素朴に。

服は着る人のシチュエーションやキャラクターで変化する。だから、同じ服を着ても着る人によって見え方が変わるのだ。

服に着られることから抜け出せれば、あなたにとって服は大きな味方をなってくれるはずだ。